Vibe Codingが通用した理由と、それが限界を迎えた理由

「Vibe Codingはもう古い」と言われると、反射的に身構える人もいるかもしれない。でも元記事の著者が言いたいのはそこじゃない。

Vibe Codingが受けた理由は単純で、速かったからだ。曖昧な要求でも画面が出る。雑に試して、雑に直して、反応だけはすぐ返ってくる。2024年から2025年にかけては、それで十分に見えた場面が多かった。

問題は「それが通用していた前提」にある。数時間後に捨ててもいいプロトタイプなら、多少の無駄や危うさは吸収できる。責任の重さが低いから成立していた、という話だ。その感覚をそのまま実務コードに持ち込むと何が起きるか——AIは平然ともっともらしい嘘を混ぜ、既存の制約を雑に解釈し、状態が見えないまま修正を広げる。いわゆる「AI製スパゲッティ」が量産されやすいのは、モデルが無能なのではなく、壊れ方の上限を先に決めていないからだ。

Bram CohenによるVibe Coding批判が刺さるのもそこだろう。論点は「AIで書くのはけしからん」ではない。検証も設計も抜いたまま、出力の勢いだけで開発した気になるのが危ない、という一点だ。

AIが触るのはコードだけじゃない——2026年の現場の実態

2026年の現場で苦しくなっているのは、その先にある。

AIが触るのは今やコードだけではない。シェル、Git、設定ファイル、Secrets、社内ドキュメント、場合によっては本番に近い環境まで含まれる。ここまで来ると「なんとなく動いた」は成功条件ではなくなる。

この状況で価値があるのは、AIにうまく話しかける能力ではない。AIが迷走しない境界線を作り、失敗しても被害を閉じ込め、結果を検証できるようにすること——つまりAgentic Engineeringという概念がここから出てくる。

OWASPが動いた意味——「珍しい話ではなくなった」というサイン

ここで見逃せない動きがある。OWASPがAgentic Applications向けのTop 10を整理し始めた、という事実だ。

Goal Hijackingのような問題が可視化されたのは、単に脅威が増えたからではない。エージェントに実行権限を渡すことが、珍しい話ではなくなったからだ。セキュリティ基準が策定されるというのは、その技術が「実験フェーズ」を抜けたサインでもある。

ここで必要になるのは、モデルの出力を信じることではなく、人間のレビューに戻せる単位を決めること、権限を分けること、失敗時の巻き戻しを前提にすることだ。

MCPが本当に解決しようとしていること

MCPを「AIと外部ツールをつなぐ接続規格」として見ると、少し弱い。

重要なのは、AIが何に触れ、どの形式でやりとりし、どこまで状態を持つのかを、外側の構造として切り出せる点にある。2026年のロードマップで示されているInteractive UIやStateless Transportも、本質はそこだ。エージェントが単なるチャット返答を超えて、明示的な操作面や接続の責務を持ち始めた。

ここに「なるほど」と思わせる逆転がある。モデルは入れ替わる。CLIも変わる。エディタ統合もまた変わる。でも作業環境の境界線を外に出しておけば、その資産は残る。特定のAIツールの癖に依存しすぎず、権限・コンテキスト・検証フローを環境側で持てる人が、ツールが変わっても生き残る。

実務的に何を変えるべきか——まず3つの分離から

抽象論だけでは動けないので、元記事が示す最低限の整理を引いておく。

  1. 読み取りだけで済む作業と、書き込みを伴う作業を分ける
  2. 生成そのものと、テストや差分確認のような検証工程を分ける
  3. ローカルだけで完結する操作と、外部サービスやSecretsに触れる操作を分ける

派手さはない。でも現場で本当に効くのはこういう地味な整理だ。プロンプトの名人芸より先に、失敗しても大事故にならない構造を作る——その順番を守れるチームほど、AI導入が長続きする。

TDDや差分レビューが再評価されているのも同じ文脈だ。昔ながらの規律が急に復権したわけではなく、エージェントを相手にすると、それらが「人間のための作法」から「自律的な作業者を制御するインターフェース」に変わるからだ。テストがあると、AIは少なくとも間違い方を露出できる。差分が小さいと、人間は途中で止められる。地味だが、地味な仕組みほど裏切らない。

エンジニアの責任は減らない。ただし、置き場所が変わる

「AIがコードを書くなら、エンジニアは何をするのか」という問いは少し雑だ。

コードを書く量が減る場面はあるだろう。でもそのぶん設計責任が消えるわけではない。むしろ責任の位置が上流へ移る。何をコンテキストとして見せるのか。何を禁止するのか。どこでテストを必須にするのか。失敗したときに誰が止めるのか——こうしたルールは、AI自身が勝手に発明してくれない。

2026年の本当の差は、どのモデルを使っているかより、どんな作業環境を渡しているかで決まる。自由に触らせて事故を祈るのか、制約を設計して失敗しても立て直せるようにするのか。この差はかなり大きい。

Vibe Codingは否定されるものではなく、卒業すべき段階に入ったというのが正確な表現だと思う。これから問われるのは、AIを使う勇気ではなく、AIを雑に使わない設計力だ。