富士通が2035年度「バリュープライシング80%」を宣言——人月モデルの終わりは本当に来るのか
富士通が、ITサービス事業の収益構造を根本から変えようとしている。
2026年9月16日に開催された「IR Day 2026」で、同社の大西俊介執行役員副社長CROが語ったのは、従来の人月計算からバリュープライシングへの転換だ。具体的な数字も出た。現在20%にとどまるバリュープライシング比率を、2030年度に60%、2035年度には80%に引き上げる——という計画である。
この話を単なる「富士通の社内方針」として流すのはもったいない。SIer全体の価格モデルがどこへ向かうかを示す、業界水準での論点がここにある。
なぜ今、この転換が避けられないのか
背景にある構造的な問題から整理したい。
人月モデルとは、エンジニアが何人・何ヶ月かけて開発したかを根拠に価格を決める方式だ。これが何十年も続いたのは、「工数が見えやすく、交渉しやすい」という双方の都合があったからだ。発注側は予算を積算しやすく、ベンダー側はリスクを工数に転嫁しやすかった。
問題は、AIがこの構造の前提を崩しつつあることだ。
AIを使えばコードの一部が自動生成され、設計の初期フェーズが短縮される。つまり、純粋に「工数が減る」。人月モデルのままでAIを導入すれば、ベンダーの売上は自動的に下がる。効率化が収益減につながるというこの逆説が、今まさに日本のIT産業に突き刺さっている。
大西氏が「AIが創出する価値を成長につなげるプライシング変革」と表現したのは、まさにこの問題への回答だ。AIが工数を減らしても、それによって顧客が得た価値——スピード、事業貢献、持続可能性——に対して課金できれば、収益モデルは成り立つ。
大西氏が率直に言い切った言葉がある。「人月モデルのままでは株価は上がらない」。これは、現在のSI事業が表面上好調に見えても、投資家から見れば「将来の成長が期待できないモデル」と評価されているということだ。厳しいが、的を射た表現だと思う。
仕組みの中身:何がどう変わるのか
発表の内容を整理すると、富士通が提示した新プライシングモデルは「アウトカムベース」と「ユーセージベース」の2軸からなる。
アウトカムベースは、提供したサービスが顧客にもたらした成果に対して課金するモデルだ。4種類ある。
- プロフィットシェア:共同事業でAI・システムが生み出した価値をアウトカムとして分配する
- エクスプレスサービス:AIによる納期短縮の効果を価値として課金する
- ハイブリッド課金:固定料金と成果KPI連動料金を組み合わせる
- ユースケース課金/Pod型:事前定義したユースケースと期間を基準にする
富士通が現在、最も拡大に力を入れているのがエクスプレスサービスだ。2026年7月から、「AIプライシングCoE(センター・オブ・エクセレンス)」と「業種イネーブルメントチーム」を連携させる体制を立ち上げた。前者がCRO直轄の価格設計戦略部隊、後者が現場での実践・フィードバック部隊という役割分担だ。大西氏が「戦略部隊だけで頭でっかちにならないようにする」と述べた意図が見える構造で、理念と実務を両方動かそうという姿勢は評価できる。
ユーセージベースは、顧客の利用量に応じて課金するモデルだ。こちらは5種類ある。
- ソースコード課金:ソフトウェア資産のコード数に応じた課金
- データ量課金:AIエージェントが扱ったデータ量に応じた課金
- レベニューシェア:契約成立数に応じた課金
- 段階別従量課金:LLMに必要なコンピューティングリソース量に応じた課金
- 削減量課金:コンピューティングリソースの削減量に応じた課金
コンサルティング部門にはアウトカムベース、インフラ・プラットフォーム・アプリケーションにはユーセージベースを適用するというのが全体設計だ。
ここからは見方だが——「宣言」と「実現」の間にある難所
正直に言うと、富士通の発表は方向性として正しいし、具体性もある。ただ、2035年度に80%という目標には、いくつかの難所が待ち構えている。
第一の難所は、「成果の計測・定義」だ。
アウトカムベース課金が成立するためには、「何をもって成果とするか」を顧客と合意しなければならない。KPI達成、期間短縮、コスト削減——いずれも聞こえはよいが、「誰が何をどう計測するか」を契約に落とし込む段階で、相当な摩擦が生まれる。数値化が難しいアウトカムをベンダー主導で定義しようとすれば、顧客の信頼を失う。顧客主導にすると、ベンダーにとって不利な指標が選ばれるリスクがある。
ユーセージベースも同様だ。「ソースコードの行数で課金」という発想は面白いが、コード品質やアーキテクチャの違いを無視した粗い指標にもなりかねない。計測の粒度と公正性をどう担保するかは、運用段階で必ず問題になる。
第二の難所は、顧客側の調達文化だ。
日本企業のシステム発注の多くは、いまだに「物を買う」感覚で設計されている。予算は事前に確定し、成果は曖昧なまま発注する——というパターンが根強い。成果報酬モデルが「成立するか」は、ベンダーの能力だけでなく、顧客の社内稟議・予算管理・契約文化の変化が前提になる。富士通だけが変わっても、片手落ちになる。
第三の難所は、社内の評価制度だ。
現場の営業やプロジェクトマネージャーが人月モデルで評価されているうちは、バリュープライシングの提案は「しにくい」選択肢になる。新しい課金モデルを現場に普及させるには、評価指標と報酬設計の変更が不可欠だ。AIプライシングCoEと業種イネーブルメントチームの連携体制は、この問題への意識を示しているが、組織変革の速度がどこまで追いつくかは未知数だ。
2030年の転機という見立ては、戦略的な北極星として機能している。ただ、実現確度については、現時点では保守的に見ておくのが妥当だろう。
実務的な示唆:ベンダー側・ユーザー側それぞれへ
SIerや開発ベンダーの立場で考えると、今すぐやるべきことが二つある。
一つは、自社が提供しているサービスの「価値の言語化」だ。何をどれだけ短縮したか、何のコストをどれだけ削減したか——これを定量的に記録・蓄積しておかないと、アウトカムベース課金の「証拠」が作れない。人月モデルでは不要だったこのプロセスが、次の価格交渉の根拠になる。
もう一つは、「計測の設計」をサービスと一緒に売る発想への転換だ。成果を課金の根拠にするなら、計測の仕組みを顧客に提案する段階から含める必要がある。KPIの定義、測定頻度、合意プロセス——これを契約の附帯として標準化できた会社が、次のラウンドで優位に立つ。
発注側の企業(ユーザー企業)の立場では、今後の調達方法の変化に備えた準備が要る。
「人月でいくら」という慣れ親しんだ調達方法が、少しずつ通用しなくなる局面が来る。成果指標の設定、ベンダーとの共同責任の範囲、予算計上の方法——これらを社内の調達・法務・財務と一緒に整理しておかないと、移行期に混乱する。富士通の大西氏が「ユーザーにとっても納得性の高いバリュープライシングを確立したい」と述べているとおり、顧客側の理解と参加なしに、このモデルは動かない。
次の論点:どこが問題になるか
富士通に限らず、ITサービス事業を持つすべてのベンダーにこの転換は求められている。NECも同様の文脈でリカーリング収益の拡大を目標に掲げており、業界全体の方向性は一致している。
ただ、次に問題になるのは「成果報酬契約の法的整備」と「業界標準の欠如」だろう。
アウトカムベース課金が普及すれば、「成果が出なかった場合の責任はどこにあるか」という契約紛争が増える可能性がある。現行のシステム開発契約は、請負と準委任の二類型が主流だが、成果報酬モデルはその中間的な性質を持つ。この領域の契約慣行と判例が整備されるには時間がかかる。
また、価値の計測指標を誰が決めるかは、利益相反の構造を持つ。独立した第三者機関による計測・認定の仕組みが必要になるかもしれないが、現状ではそのエコシステムは存在しない。
富士通がここで先鞭をつけることの意味は、そういった業界インフラの形成を自ら牽引するかどうか、という点にある。2030年に転機が来るとするなら、今後3〜4年がその「設計期間」になる。
まとめ
富士通の発表を要約すれば「2035年度にバリュープライシング比率を80%にする」という一文だが、そこに至る道のりは、技術の話ではなく、文化・契約・組織の変革だ。
このニュースを見る軸として持っておきたいのは、「プライシングモデルの変化を宣言しているベンダーが、成果の計測をどう設計しているか」だ。課金の名称が変わっても、計測の設計が甘ければ絵に描いた餅になる。逆に、計測の仕組みと社内体制を両方持っているベンダーは、本気度が違う。
富士通が次の決算やIR報告でバリュープライシング比率の進捗をどう開示するか——そこを見ておくのが、この話を追いかける上での一番のチェックポイントになるだろう。
参考元: 富士通が脱人月モデルへ CROが説く「AI時代のバリュープライシングへの転換」とは:Weekly Memo(ITmedia エンタープライズ)