Copilotの時代が終わった

Google Cloud Next ’26のキーノートで、CEOトーマス・クリアン氏は冒頭からはっきり言い切った。「AIの導入は実験フェーズを終えた」と。

数千のAIエージェントがすでに本番環境で稼働している——これは展望ではなく、現在の話だ。「いつか使えるようになる」という話をしているのではない。

そしてここから先のキーワードが「Agentic Enterprise」。人間を横から補助する「Copilot(副操縦士)」モデルから、ビジネスの文脈を自分で理解し、タスクを自律的に完遂するエージェントが主役になる企業モデルへのシフトだ。


なぜ今「Agentic」なのか

Copilotモデルの限界は、実は単純な話だ。人間がレビューして承認して指示する、そのループがボトルネックになる。エージェントが速く動けても、人間の判断を待つ時間がスループットを制限する。

Agenticシフトの本質は、その判断ループを機械側に移すことだ。もちろんすべてを丸投げするわけではないが、「人間がいなければ動かない」設計から脱却しなければ、AIの恩恵は部分的にしか得られない。

Googleが今回示した「Agentic Blueprint(エージェントの設計図)」は、その移行を支える4つの柱から構成されている。


4つの柱で見るAgentic Blueprintの中身

① AI Hypercomputer——物理の限界を突破するインフラ

第8世代TPUが登場した。学習用の「TPU 8t」は前世代比で約3倍の演算性能を実現。推論用の「TPU 8i」はメモリキャッシュをシリコン上に完全配置し、Boardflyトポロジーで低レイテンシな接続を可能にした。エージェントのリアルタイム応答を物理レベルで支える設計だ。

面白いのはGDC(Google Distributed Cloud)Edgeの事例。クルーズ船「Virgin Voyages」がオフライン環境下でもAIエージェントのインテリジェンスを維持している、という話が紹介された。洋上でも動くエージェント、というのはなかなか象徴的なユースケースだ。

② Agentic Data Cloud——データを「行動」に変える

エージェントが自律的に動くには、信頼できるコンテキストが必要だ。そこで登場するのが「Knowledge Catalog」。PDFや画像などの非構造化データをストレージに保存した瞬間に、自動でタグ付けとデータエンリッチメントを行い、エンティティの抽出と関連性マッピングを自動化する。

もう一つ注目すべきは「クロスクラウド・レイクハウス」。AWSやAzure上にあるデータをETLで移動させることなく、低レイテンシで直接接続する「ゼロコピー」方式だ。データサイロ問題にようやく現実的な解が出てきた感がある。

③ Agentic Defense——自律型のセキュリティ

Wizとの統合強化により「Shadow AI」——企業内で把握・制御できていない未承認のAIモデルやエージェント——の可視化が可能になる。エージェントが増えれば増えるほど、管理できていないエージェントも増える。この問題に正面から取り組んでいる点は評価できる。

また、AIアプリケーション特有のリスクを特定してマシンスピードで修正する「AI Application Protection Platform」も発表された。AIのライフサイクル全体を通じた自律的な保護、という設計思想だ。

④ Agentic Platform——開発者とビジネスユーザー両方へ

複雑なワークフローのオーケストレーションに最適化した「Gemini 3.1 Pro」がプレビュー公開。Workspace Intelligenceでは、複数のアプリを行き来する「コンテキスト税」の解消を掲げ、メール・チャット・ドキュメントを横断した自然言語指示でスライドを自動生成するデモが披露された。


数字で語る「Customer Zero」の説得力

Googleが今回強調したのが、自分自身を「最初の顧客(Customer Zero)」として位置づけていること。外向きのプロダクト発表だけでなく、自社での実績を数字で示した。

  • Google内の新規コードの約75%がAIによって生成
  • SOC(セキュリティオペレーションセンター)での脅威軽減時間を90%以上短縮

そしてVirgin Voyagesの事例がより具体的だ。AIスタックの採用により、制作タイムラインを約60%削減し、月次売上を28%増加。「AI導入で業務効率が上がりました」という曖昧な話ではなく、売上という最終指標に直結している点が重要だ。


AIおじさんの見方:「再設計」という言葉の重さ

クリアン氏がキーノートの締めで使った言葉が「Rewiring(再構築)」だ。AIをツールとして既存プロセスに追加するのではなく、ビジネスプロセスそのものをエージェント前提で再構築する、という意味だ。

ここが今回のメッセージで一番重いところだと思う。

Copilotの時代というのは、ある意味でやさしい時代だった。既存の仕事のやり方はそのままで、AIがその横に立って手伝ってくれる。プロセスを変える必要はない。でもAgenticシフトはそれを許さない。

「エージェントが自律的に動く」ということは、そのエージェントが動きやすいようにプロセスや意思決定の構造を変えなければ、性能が出ない。インフラやモデルの性能より先に、組織設計の問題になる。これが本質的な難しさだ。


実務的な示唆:何から手をつけるか

今日から「Agentic Enterprise」に移行できる企業は少ない。でも、次の問いは今から立てられる。

① 自社のデータは整っているか
Agentic Data Cloudの話が示すように、エージェントの質はデータの質に直結する。Knowledge Catalogのような自動エンリッチメントが機能するためには、そもそもデータがどこに何があるか把握できていることが前提だ。データ整備は地味だが、ここが土台になる。

② Shadow AIの実態を把握しているか
部門ごとに使われているAIツールやエージェントを、IT部門は把握できているか。把握できていないまま自律型エージェントが増えていくと、セキュリティリスクは乗算的に増える。

③ プロセスの「どこ」をエージェント化するか
全部を一気にやろうとしない。まず「判断のループが遅い業務」「ルールが明確な繰り返し業務」から始めるのが現実的だ。Virgin Voyagesの制作タイムライン60%削減も、ゼロから始めたわけではない。


今回のNext ’26が示したのは、「AIで何ができるか」という問いの時代が終わり、「どう組織とプロセスを再設計するか」という問いの時代が始まった、ということだ。技術は出揃いつつある。あとは使う側の問題になってきている。7月末の東京での開催も楽しみにしたい。