「デジタルの言葉が聞こえない」と言われた電源開発が、4年でフィジカルAIに踏み込むまで

電源開発(J-POWER)が、ドローンやロボットを自ら学習させてフィジカルAIに挑んでいる。「失敗が許されない」と言われる電力会社が、なぜ「まず試す」文化を作れたのか。そしてその挑戦は、どこまで本気なのか。

ITmediaエンタープライズのインタビュー記事をもとに、この事例を解剖してみたい。


「失敗できない会社」がなぜ挑戦するのか

電力会社には「同時同量」という原則がある。需要と供給を常に一致させ続けなければ、周波数が乱れ、最悪の場合は地域停電を招く。設備に不具合が起きれば安定供給が揺らぐ。こういう事業環境から、「枯れた技術を導入する」「実績があってトラブルが出切った技術しか使わない」という文化が根付くのは、ある意味で合理的だ。

ただ、その合理性が「攻め」の阻害要因にもなる。電源開発で変化のトリガーになったのは、社外取締役の一言だったという。「毎週の常務会でデジタル関連の言葉が聞こえてこない。デジタルの取り組みで立ち遅れているのではないか」——辛口のコメントだが、経営会議の場でこれが出てくることには意味がある。現場ではなく、ガバナンスの側から問題提起があったということだ。

これを受けて2019年、デジタルイノベーション部(DI部)が発足する。サイバーセキュリティ、従来型のIT運用、DXという性質の異なる3領域を一つの部で担う体制だ。この構成自体が後に「摩擦の原因」になるわけだが、それはあとで触れる。


事実の整理:DXの4年間で何が起きたか

2022年度に第Ⅰ期DX推進中期計画を策定し、以降は2年ごとに更新。現在は第Ⅲ期(2026〜2027年度)にある。ビジョンも「DX 3S+D」(Safety・Smartness・Strength+データドリブン)から「DX 3S×AI」へと改訂された。AIは「代替」ではなく従業員の「相棒」であり、最終判断は人が担う——この原則を明示しながらアップデートしている点は重要だ。

風土変革の取り組みとして注目したいのが3点ある。

まず「DXよろず相談会」。DI部のメンバーが自ら発案し、社内ポータルに相談窓口を設け、グループ会社から希望があれば丸一日現場に出向く。持ち込まれる課題は具体的だ。送電線の劣化判断でヘリコプターから ドローンへの切り替えを検討するケース、3キロの配管が冬季に5メートルの雪に埋まり人手での点検が危険な地熱発電所のケース。こういった現場の困りごとは、出向かなければ出てこない、というのが執行役員・小泉真吾氏の見立てだ。

次に、2025年度からの座学廃止と実践型研修への切り替え。MathWorksの支援を受け、従業員が自分の業務課題をテーマに手を動かす形にした。技術部門だけでなく、事務部門や現場から20人以上が手を挙げた。資材調達価格の分析を選んだ事務系の人もいれば、人事異動の最適化(子育て状況や前回の赴任先などのパラメーターを踏まえてAIが異動案を作る)をテーマにした技術系の人もいる。

そして表彰対象の設計。DX交流会での表彰を、担当者だけでなく上長にも広げた。「部下を研修によく出してくれた」という理由で2人を並べて称える。部下の挑戦を応援すること自体に組織的な価値があると示す仕掛けだ。こういう細部が、風土を変えるときには効く。


フィジカルAIへの踏み込み:具体的に何をやっているか

現在進行中の取り組みは、かなり具体的な段階に入っている。

送電線点検ドローンは、撮影開始位置までの自動移動・架空地線への追従飛行・連続撮影・自動着陸までを一連で実行する自律型システムとして開発中だ。異常画像検知AIは「みえスギくん」という名称がついている。不安全検知AIは、高所や開口部への接近、脚立・梯子の不安全な使用など「ヒヤリハット」動作を映像から検知し、労働災害ゼロ化を支援する。火力部門の運転支援AIは、現場に蓄積された運転ノウハウや事故対応の知見を特化型LLMに取り込み、操作判断や異常時対応を支援するものだ。

そしてこれらをつなぐ基盤として、「電力設備点検ロボット管理プラットフォーム」の開発が進む。デジタルツインを手掛けるCalTaが加わる構成で、異種・複数のロボットを共通管理できる仕組みをつくる。


AIおじさんとしての見方:この事例が示す構造

ここからは見方の話になる。

この事例で最も注目したいのは、小泉氏の言葉だ。「ロボットやドローンは買って終わりではなく、学習させなければなりません。技術理解がないと、ロボットに"頭脳"は実装できないというのが私の主義です」。

これは単なるスローガンではなく、データ基盤の構え方に直結している。「重要データを扱う以上、パブリッククラウドは使えない」という判断から、自社で制御できるデータセンターに向かい、日立製作所と協業したAIデータセンターの建設へと展開する。さらにJ-AWsIC(広域APN・ワークロードシフト イノベーション推進協議会)への参画も同じ延長線上にある。電源開発、日立製作所、シスコシステムズ、ビットメディア、JR東日本、JR西日本光ネットワーク、名古屋鉄道の7社が2026年4月に基本合意書を締結したものだ。

重要なのは、この構造が「ロボットを導入する」という話ではなく、「学習を続けるための基盤を自前で持つ」という話だという点だ。外部のクラウドに乗せられないデータを扱う以上、演算基盤も自分たちで確保するしかない——そこまで含めて設計されている。

もう一つ見たいのは、TBMからCBMへの転換だ。電力設備の保全は従来、稼働時間や経過年数などで定期的に部品交換・点検を行う「時間基準保全(TBM)」が基本だった。これを、センサーや点検データで設備の状態を把握して保全タイミングを決める「状態基準保全(CBM)」に移していく。同じ設備でも摩耗の進み方は違う。どれが先に壊れるかは、データの蓄積があって初めて予測できる。

ここで「ロボット管理プラットフォーム」の意味が変わってくる。バラバラにロボットを入れれば、10年後のメンテナンスもバラバラになり、蓄積されるデータも統一されない。CBMは、一元的なデータ蓄積なしには機能しない。プラットフォームとガバナンスを同時に用意する、という小泉氏の設計思想はそこから来ている。


実務的な示唆:他の組織が何を学べるか

規制産業あるいは「守り優先」の文化を持つ組織が、この事例から引き取れることは何か。

一つ目は、「守るべき領域と挑戦してよい領域の線引きを先に作る」ことだ。電源開発は無秩序な挑戦を許容したわけではない。研修への参加には所属長の承認が必要で、組織的な成果につながるテーマ設定を重視している。ガバナンスの枠の中でアクセルを踏む設計だ。

二つ目は、「失敗の許容」を制度ではなくリーダー行動で示すことだ。風力発電の故障予測システムが期待した水準に届かず、小泉氏自身が顛末書を書いたというエピソードは重い。「私自身が率先して失敗しているのだから、若手には挑戦してほしい」——この言葉を使えるリーダーの条件は、実際に失敗していることだ。

三つ目は、現場の困りごとを「出向いて拾う」という泥臭い作業を省略しないことだ。eラーニング中心の座学に対してDI部自身から「意味がない」という声が上がったという失敗談が示すように、リテラシー向上施策はトップダウンの押しつけになりやすい。何に困っているかを直接聞くことが出発点になる。


残る論点:次に問題になるのはどこか

この取り組みがうまく進んだとして、次に問題になりそうな論点がいくつか見える。

まず「10年後に誰がロボットを管理するのか」という問いは、電源開発自身が提起している。ロボット管理プラットフォームはその答えの一つだが、プラットフォームが機能するには、そこに集まるデータが質・量ともに十分である必要がある。現場の機種・設備が多様なうちは、標準化のコストも無視できない。

次に、「特化型LLM」の精度と責任の問題だ。火力部門の運転支援AIに現場の運転ノウハウや事故対応知見を取り込む、という試みは興味深いが、AIが出した「判断支援」を人がどう最終判断するか、その意思決定プロセスをどう記録・監査するかは、規制産業では特に重要になる。

最後に、再生可能エネルギーでAIを動かすというビジョンの話だ。NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが語った「5層のケーキ」——エネルギー、チップ、クラウドデータセンター、AIモデル、アプリケーション層の5つが揃って初めてAIは動く——を引用して、小泉氏は「エネルギー資源のない日本は、再生可能エネルギーでAIを動かすのがいい。われわれはそこを目指している」と語る。AIデータセンターを再生可能エネルギー電源に隣接させる構想は、「発電した電気を使い切る」という電源開発の事業課題と、「AIの電力消費をどう賄うか」という社会課題を同時に解こうとしている。射程が長い話だが、だからこそ実現までの道のりは問い続ける必要がある。


第Ⅲ期計画の成果指標は「DXによる1年当たり時間効果80万時間、金額効果30億円(2021年度比)」だ。「最終的には費用対効果を求められます。その決断の時は来ます」と小泉氏は語っている。フィジカルAIへの踏み込みが評価される瞬間は、まだこれからだ。

参考元: 「デジタルの言葉が聞こえない」と言われた電源開発が、DX開始4年でフィジカルAIに挑むまで(ITmedia エンタープライズ)