スタートアップ解剖:Laplace Intelligenceはなぜ「AIでAIをテストする」のか

何をしている会社か

一言で言えば、「物理的なAIシステムを、出荷前にわざと壊してみる」スタートアップだ。

ミシガン州アナーバーに拠点を置くLaplace Intelligenceは、ロボットや自動運転車を対象とした自動レッドチーミングを開発している。レッドチーミングとは、システムを意図的に失敗させようとすることで弱点を洗い出す手法のことで、もともとはサイバーセキュリティの世界で使われてきた概念だ。それを物理AIに適用する、というのがLaplaceの賭けである。

創業者はCEOのハウイ・サンとチーフサイエンティストのヘンリー・リウ。ともにミシガン大学出身で、サンはリウの元PhD学生だ。創業からまだ1年しか経っていない。にもかかわらず、すでに収益を上げ、わずかながら黒字化を達成しているという。シリコンバレーのブランドも後ろ盾の大手資本もなく、アカデミアからそのまま産業界に踏み出した2人組が、だ。

社名の由来は「ラプラスの悪魔」——1814年にフランスの学者ピエール=シモン・ラプラスが提唱した思考実験で、「宇宙のあらゆる状態を知っていれば、未来を完全に予測できる」という仮説だ。「私たちはシミュレーションを使って、現実世界の未来を予測しようとしている」とサンは語る。壮大なコンセプトだが、製品の核心部分は意外とシンプルだ。


なぜ伸びているのか

出発点は2023年のNature掲載論文だ。サンとリウが共同著者として発表したこの研究が、自動運転業界の関係者の目に留まり、「商用化できないか」という問い合わせが相次いだ。それが創業の直接的なきっかけだ。

論文の主題は、シミュレーション環境でAIの弱点を体系的に探し出す手法だった。この研究が世界トップの科学誌の表紙を飾ったということは、問題の重要性が学術的に認められていたことを意味する。実際、OpenAIとHugging Faceの連携システムがエージェントの予測不可能な振る舞いによって問題を起こした事例が示すように、AIエージェントは制御した状況下でも奇妙な失敗をする。それがソフトウェアの世界の話なら「ログを取って修正する」で済む。しかし、物理空間を動き回るロボットや1トン超の自動運転トラックが同じことをしたら?

「物理的な世界で同じことが起きたら、と想像してほしい」とサンはTechCrunchに語っている。この問いが、Laplaceの製品コンセプトの核心だ。

技術の構成を整理しておこう。Laplaceのシミュレーション環境は、NvidiaのCosmos(AIワールドシミュレーションプラットフォーム)を追加学習させたものをベースにしている。Google ストリートビューの画像を参照点として道路環境を生成し、実際の地図データと組み合わせることでスケールの正確な再現環境を作る。アリゾナのハイウェイでも、パリの横断歩道でも再構築できるという。さらにTomTomなどのナビゲーションプロバイダからリアルタイムの交通情報を取得し、「午後の渋滞を追加して」のような言語プロンプトでシナリオをその場で変えることもできる。

ここまでならシミュレーションツールとして珍しくはない。Laplaceの差別化ポイントは、その中に「コーナーケースを自動設計するAIエージェント」がいることだ。ニュース記事や警察の事故報告書などの情報を参照しながら、人間が思いつきにくいレアなシナリオを自律的に生成・実行する。デモでは、テスト対象の車両が対向車線に突っ込む動作をさせた際、周囲の車両が人間のように反応して回避するシーンが確認されている。「インタラクティブな参加者がいるワールドモデル」とサンが表現するのはそういう意味だ。


収益モデル

顧客はテキサスを拠点とする自動運転トラック企業のBot Autoと、「日本の大手自動車メーカー」(企業名は非開示)。NvidiaとT-Mobileとの協働で、カリフォルニア州サンノゼ向けのスマートシティ無料パイロットも進めている。さらにウェアハウス向けのヒューマノイドロボットを開発するパートナー企業との初期段階の取り組みも並走中だ。

現在の契約形態はプロジェクトベースが主で、リカーリング収益への移行が近期的な目標とされている。規模感の数字は公開されていないが、「わずかながら黒字」という状態で資金調達ラウンドに臨もうとしているのは、スタートアップとしては珍しく堅実な出発点だ。

競合として名指しされているのがApplied Intuitionだ。累計調達額12億ドル、ポストマネー評価額150億ドルという後期スタートアップで、資金力の差は圧倒的だ。ただしサンは「AIでAIをテストするという私たちの中核的な方法論が、物理的AIのテストを根本的に変える新しいパラダイムだ。それが最大の堀になる」と語る。これが単なるファウンダーの強がりなのか、本当の差別化なのかは、これから問われる。


AIおじさんとしての見方:「テスト哲学」の転換点

ここからは見方の話になる。

Laplaceのピッチで最も重要な主張は「AIでAIをテストする」だが、これは単純なキャッチフレーズではなく、テスト哲学の根本的な転換を示唆している。

従来の自動運転開発における安全性検証の主流は2つだ。実走行映像を録画してシミュレーションに変換する方法と、人間のエンジニアがシナリオを手作業で設計する方法。どちらも「人間が思いついたことしかテストできない」という構造的な限界を抱えている。

問題は、AIが失敗するのは多くの場合、人間が想定しなかった組み合わせや状況においてだという点だ。「コーナーケース」という言葉は、「まれだが重大な事象」を意味するが、物理空間で動き回る汎用ロボットが直面するシナリオの組み合わせは、事前に列挙しきれないほど広大だ。Waabi(自動運転トラック企業)のようにAIでエッジケースを生成するアプローチを取る企業はすでに存在するが、Laplaceはその手法を「専門サービスとして外販する」モデルに転換しようとしている。

ここで一つ注目しておきたいのは、「動いた」と「安全だ」の間にある広大な空白だ。

多くのロボティクス・自動運転プロジェクトの開発現場で、「テスト工程」が実質的に「動作確認」になっている。エラーが出なければよし、デモが成功すればよし。しかし汎用AIシステムの「振る舞い空間」は、あらかじめ設計されたシナリオをすべてパスしても、未知の状況では全く別の振る舞いをしうる。Laplaceが「発見と修正を展開前に」という表現を使っているのは正確で、裏を返せば今の業界では「展開後に発見する」ことが常態化しているということでもある。


実務的な示唆・今後の論点

開発者の視点で考えると、Laplaceのアプローチが示す実務的な含意は2つある。

ひとつは、シミュレーションベースのテストが「オプション」から「必須」になりつつあるという流れだ。これはロボティクス開発に携わるチームが、今後テスト工程の設計を根本的に見直す必要があることを意味する。「シミュレーションでOKが出たから実機テストへ」という線形なフローではなく、AIが継続的にコーナーケースを生成し、シミュレーション上で反復的に叩き続ける工程を、開発パイプラインに組み込む話だ。

もうひとつは、規制・保険・認証の空白地帯という問題だ。Laplaceのサンが「顧客、保険会社、規制当局が信頼できる共通のエビデンス基盤を構築する」と語っているのは興味深い。これは現時点では「そういう仕組みが存在しない」ということの裏返しだ。自動運転や産業用ロボットの安全認証は、まだ「どんな証拠を積めば認証されるのか」のフレームワーク自体が整備途上にある。Laplaceが目指しているのは、ある意味でそのフレームワークを自分たちが定義する立場に立つことだ。

ヒューマノイドロボットについてはさらに難しい問題がある。サンが「汎用ロボティクスについてはデータが少ない。実世界でのエッジケースが何になるか、誰もわかっていない」と述べているように、参照できるインシデントデータ自体がまだ存在しない。自動運転は20年以上の実走行データと事故報告の蓄積があるが、倉庫や家庭に置かれるヒューマノイドのコーナーケースは、デプロイしてみて初めて発見される性格のものが多いだろう。Laplaceが言う「AIエージェントがニュースや事故報告からシナリオを生成する」手法が、ヒューマノイド領域でどれだけ機能するかは、まだ見えていない。

事業判断者の目線では、「今は規制がないから問題にならない」という判断がいつまで通用するかを考えておく必要がある。自動運転に関して言えば、一度大きなインシデントが起きると規制が一気に締まる。保険の引受基準も変わる。そのとき「どうテストしたか」の記録がない企業と、系統的な検証の記録を持っている企業とでは、リカバリーにかかるコストが全く違う。


まとめ:「ラプラスの悪魔」は現実に追いつけるか

Laplaceという社名が示す思想は、「状態を完全に知れば未来を予測できる」だ。しかし現実のシミュレーションは、現実を完全には再現できない。どれだけ高精度でも、シミュレーションと現実の間には必ずギャップがある。

それを承知でシミュレーションテストに賭ける理由は、「実世界でやるよりはるかにマシだから」だ。そこは合理的だ。

問題は、「シミュレーションで安全が確認された」という言葉が、いつのまにか「安全だ」と等号で結ばれてしまうリスクだ。AIでAIをテストするアプローチは、人間が思いつかないコーナーケースを発見できるかもしれないが、シミュレーション自体のバイアスを引き継ぐ可能性もある。

Laplaceの技術は明らかに今の業界に必要なものだ。Nature掲載論文、実顧客、モデストな黒字、という足場は、1年目のスタートアップとして堅実だ。ただ、「テスト手法の新パラダイム」を標榜するなら、次に問われるのは「そのテスト自体の信頼性をどう担保するか」だ。そこへの答えが、本当のモートになるかどうかを決める。


参考元: Laplace Intelligence red-teams robots and self-driving cars before they hit the real world – TechCrunch