ラピダス「14人」の賭けと7兆円の現実——「TSMCとは戦わない」戦略の本質を読む

北海道・千歳市に、札幌ドームとほぼ同規模、建築面積約5万7000平方メートルの建物がそびえている。2023年9月に着工し、冬季も工事を止めない新工法で、わずか1年2カ月で棟を完成させた。屋上には芝生が植えられ、北海道の自然との調和が図られているというが、中身は極めて現実的だ。2027年後半、ここで「2ナノメートル(nm)」半導体の量産が始まる——という計画が動いている。

これがラピダス(Rapidus)の話だ。7兆円規模の国家的プロジェクトとして語られることが多いが、この記事では「プロジェクトの規模感」より「戦略の論理」に焦点を当てたい。


何の話か——「TSMCの代替」ではなく「別の市場」を狙う

まず誤解を解くところから始める。

ラピダスをTSMCの対抗馬として語る論調がある。確かに「先端ロジック半導体の量産」という点では同じ土俵に見える。しかし社長の小池淳義氏は明示的にこう言っている。「TSMCとは異なる分野とマーケットを作っていくことができます」と。

TSMCが「限られた品種を圧倒的な規模で大量生産する」モデルだとすれば、ラピダスが目指すのは「顧客ごとの用途に合わせた多品種を、どこよりも速く製造する」モデルだ。ファウンドリ市場の中で、ポジションを棲み分ける戦略である。

社名のラピダスはラテン語で「速い」を意味する。その名が示す通り、競争軸は「スピード」に置かれている。


日本の半導体が「50%→10%未満」になった構造的な理由

この文脈を理解するために、歴史を少し振り返る必要がある。

1980年代半ば、日本の半導体は世界シェアの50%以上を占めていた。NEC、東芝、日立製作所、富士通が世界ランキング上位を独占し、特にDRAM(ディーラム・メモリ半導体)では世界を席巻していた。その日本が今や「10%を切っている状態」(小池氏)にある。

なぜこうなったか。小池氏が指摘するのは2点だ。「日本はナンバーワンであった時に、自分たちだけで全てができると思ってしまった」こと。そして「世界各国は半導体産業があらゆる産業の中核になると見抜き、国家を挙げて莫大な投資を続けていた」のに、「その認識が日本には欠けていた」こと。

北海道大学大学院の太田泰彦教授は「政府は小さい方が産業は元気になる、そういう価値観があった」と当時を振り返る。国家的投資が途絶える中でエンジニア人材は流出し、日本の最先端技術は40ナノメートルで止まった。一方、世界のデータセンターでは3〜5ナノメートルの半導体が当たり前になっていった。

40ナノと3〜5ナノの差は、単純に数字が違うだけではない。世代が何段階も違う。通常の追いかけ方では、差は縮まらない。


「40ナノから2ナノへ飛ぶ」が成立する理由

ここがラピダス戦略の最もおもしろい部分だ。

半導体の微細化は本来、段階的に進む。40ナノから30、28、22、14、10、7……と刻んでいく。順を追えば追いかけることは難しくないが、逆に言えば先行者の蓄積に追いつけない。TSMCは1987年の創業以来、40年近くのノウハウで最先端を走っている。

ラピダスの論理はこうだ。「今までの延長線上にあるFinFET(フィンフェット)というトランジスタ構造から、3ナノの時代にGAA(ゲートオールアラウンド)という全く違う半導体の構造になってきた。過去の歴史を追いかけるのではなく、思い切ってジャンプができるようになった」(小池氏)。

GAAは、トランジスタの設計思想そのものが変わる世代交代だ。言い換えれば「これまでの蓄積が、ある意味リセットされる瞬間」でもある。ここに後発が割り込む余地が生まれた。

このGAA技術の習得を支えたのが、2022年12月に締結した米IBMとの共同開発パートナーシップだ。IBMには先端の研究技術がある一方、量産製造のノウハウが不足していた。ラピダスには製造力がある(あるいは育てられる)一方、最先端の技術が不足していた。互いの弱点を補い合う形での提携だ。

この関係のもと、ラピダスはIBMの研究拠点がある米国に160人のエンジニアを派遣し(2026年2月時点)、2年間にわたりGAA技術のトレーニングと量産開発を共同で進めてきた。その半数がすでに日本に戻り、技術移管が始まっているという。


RUMS戦略の核心——「速さ」が競争軸になる理由

技術の話だけでは戦略は語れない。ビジネスモデルの話をする。

ラピダスが提供するのは「RUMS(ラムス・Rapid and Unified Manufacturing Service)」と呼ばれるワンストップサービスだ。顧客は商品企画を示すだけで、ラピダスが設計支援・前工程(回路形成)・後工程(チップ組み立て)を一貫して担う。この前工程と後工程を1棟で完結させる体制は「世界初」とされる。

小池氏の言葉を借りれば「半導体ビジネスで重要になるのは、新商品をいかに早く市場に出し、顧客の反応を得るか」だ。そして「仮に他社と比べて3〜4倍のスピードで出すことができれば、フィードバックが全然違います。データの量が3〜4倍になります」。

ここには製造業の原理がある。イテレーションを速く回せるプレイヤーが、最終的に製品品質と市場理解で優位に立つ。TSMCが「量」と「コスト」で圧倒的な場合、ラピダスが戦えるのは「スピード×多品種×一貫サービス」という別の軸だ。

ここからは見方の話だが——この戦略は、顧客を選ぶ戦略でもある。大量生産が必要な汎用チップには向かない。むしろ、少量多品種で市場検証を繰り返すスタートアップ、あるいは特定用途向けのカスタムチップを素早く試したい企業が対象になる。AI時代に増えている「エッジ推論向け専用チップ」「ロボティクス向けカスタムSoC」といった需要と、相性がいい可能性がある。


AIおじさんの見方——この戦略が「賭け」である理由と、それでも注目する理由

正直に言う。ラピダスに対してはまだ「期待値の調整」が必要だと思っている。

2025年4月には試作ラインの「パイロットライン」が稼働を開始した。2027年の量産開始に向けた一歩ではある。しかし「パイロットラインが動いた」と「量産が実現した」の間には、半導体産業において巨大な壁がある。歩留まり(正常品の製造比率)をいかに上げるか、どれだけのコストで量産できるか——これらは試作段階では見えてこない。

外部から確認できる情報が限られている現時点では、「2027年量産」を既成事実として語るのは早い。これは批判ではなく、業界の常識的な見方だ。

一方で、この戦略を「単なる国家プロジェクトのお題目」と片付けるのも違うと思っている。理由は二つある。

一つ目は、AI電力消費問題という外部圧力だ。小池氏はこう警鐘を鳴らしている。「AIをどんどん使っていくと、ものすごい電力を使います。AIを使うことによって、電力の問題から、人類は破綻する可能性があります」。実際、コンピュータが囲碁で人間に初めて勝利した際、AIが使用した電力は人間の1万倍以上に上ったとされる。現在AIデータセンターで使われる半導体は主に3〜5ナノメートルだが、2ナノに移行することで消費電力を約13分の1に削減できるという。

省電力化へのニーズは、今後むしろ強まる一方だ。この需要の側が「ラピダスに来る理由」を作り出す可能性がある。

二つ目は、IBMとの連携の深さだ。2022年のパートナーシップに続き、2024年6月にはチップレットパッケージの量産技術確立に向けた新たなパートナーシップも締結している。160人のエンジニアを米国に2年間派遣し、半数がすでに帰国して技術移管中——という具体的な動きは、言葉だけの提携とは質が違う。

「最後まで信じてくれた14人が残りました」という小池社長の言葉が、設立6年前からの準備を経てここまで来た事実と重なるとき、この話が「宣言だけ」とは言い切れない。


実務・投資家・政策立案者が今見ておくべき論点

このニュースを「日本の半導体復活への期待感」として消費するだけでは、得られるものが少ない。判断軸として持っておきたい論点をいくつか挙げる。

①パイロットラインから量産への移行をどこで確認するか

2025年4月のパイロットライン稼働は一つの節目だ。次に見るべきは、試作品の歩留まりに関する公開情報と、顧客からの量産受注発表だ。「量産開始」の宣言よりも「どの顧客が、何のチップを、何枚発注したか」という具体情報が出てきたとき、初めてビジネスとして評価できる段階に入る。

②顧客獲得の進捗

RUMS戦略の本質は「顧客がラピダスを選ぶ理由」にある。スピードと一貫サービスを評価して実際に発注する顧客が現れるかどうか。特に米国・欧州のAIスタートアップや防衛・宇宙分野の企業が顧客になるかどうかは、戦略の実効性を測るシグナルになる。

③コスト競争力の開示

2ナノ半導体の製造コストは、現時点では公開されていない。TSMCの同世代品と比べてどの価格帯で提供できるかが、「量産できる」と「ビジネスになる」の間を埋める鍵だ。量産開始が近づくにつれ、この数字が少しずつ見えてくるはずだ。

④人材確保の持続性

160人を米国に派遣し、現地で2年間トレーニングするという体制は相当な投資だ。問題は「その後も継続的に、十分な人数のエンジニアを確保し続けられるか」だ。日本の半導体人材の絶対数は多くない。ラピダスが国内の大学・専門学校との連携をどう深めるかは、10年単位の問題として残る。


まとめに代えて

「14人が最後まで残った」という話は、プロジェクトの誕生秘話として印象的だ。しかしそこに感傷的になりすぎると、本質が見えにくくなる。

ラピダスが挑んでいるのは「TSMCに勝つ」ことではなく、「TSMCが取りに行かない市場を、世界最速の製造で先に取る」ことだ。この戦略の論理は、それ自体は筋が通っている。

問いは「その論理が、2027年以降の現実として成立するか」だ。パイロットラインが動き、顧客名が出始め、量産の歩留まりデータが見えてきたとき——そこで初めて、この「賭け」の勝敗が見えてくる。

今はまだ、その「前夜」だ。


参考元: 「たった14人」の挑戦から7兆円の逆転劇へ ラピダス小池社長の「TSMCとは戦わない」2ナノ半導体の勝算(ITmedia ビジネスオンライン)