Waymoが「E2Eには2つの問題がある」と明言した理由——自動運転AIの設計思想が問われている

Waymoが2026年8月19日、オンライン会見でAI戦略を公式に説明した。内容の核心は「単一AIモデルによるE2E(End to End)方式には2つの大きな問題がある」という明確な指摘だ。

この発言を「Waymoがいつもの慎重路線を繰り返した」と読み流すのは惜しい。E2Eへの期待が業界全体で高まっている今、世界で最も走行実績を持つ自動運転企業が、公式の場でアーキテクチャ批判を語ったことには、技術論を超えた意味がある。


自動運転AIが「難しい」理由——前提を押さえる

WaymoのオンボードソフトウェアおよびWaymo Driver責任者であるシュリカンス・ティルマライ副社長は、自動運転AIを困難にする要因として3つを挙げた。

1つ目は、現実世界の「限りない複雑さと予測不能性」だ。ティルマライ氏はその複雑さをこう表現した。「われわれが完全自動運転走行を行う中では、倒木、鉄砲水、突然道路に飛び出してくる幼い子ども、トラックから落下するバーベキューグリルなど、ありとあらゆる状況に遭遇してきた」。これはレトリックではなく、3億km超の実走行が生み出した事実のリストだ。

2つ目は、安全性の重大性。一度の誤判断が人命に直結する領域では、他のソフトウェア開発で許容されるような「まず出してみる」アプローチは通用しない。

3つ目は、リアルタイム性だ。「クラウド上で何秒もかけて判断するのではなく、時には人命を左右する判断をms単位で下さなければならない」とティルマライ氏は述べている。これは単なる処理速度の話ではなく、アーキテクチャ全体の設計思想に影響する制約だ。

この3つの前提を理解しておくと、Waymoがなぜ特定のAI設計を選び、何を避けるのかの論理が見えてくる。


E2Eの何が問題なのか——2点を具体的に

ここ1〜2年、「センサーから得たデータを入力する単一のマルチモーダル生成AIモデル」で自動運転を実現するE2E方式への期待が高まっている。Waymoはそのアプローチに対し、2つの問題を明確に指摘した。

問題1:危険なブラックボックスが生じる

自動運転中に何かが起きたとき、AIがなぜその判断を下したのかを「容易に検証したり説明したりすることができない」。これがブラックボックス問題だ。「危険な」という形容詞がついている点が重要で、単なる開発上の不便の話ではない。

問題2:モジュール型システムの強みが使えなくなる

ルールベースのアルゴリズムや、安全確保のためのガードレールといったモジュール型の仕組みは、長年の自動運転開発で積み上げられた資産だ。E2Eに移行すれば、それらを活かせなくなる。これはWaymoのように多くのレガシーと実績を持つ企業にとって、特に大きなコストを意味する。


Waymo Foundation Model——三位一体の構成

Waymoはこれらの課題に対して「Waymo Foundation Model」を提示した。構成は3つの要素から成る。

  • ドライバー:自動運転技術そのもの
  • シミュレーター:現実世界を高精度に再現する仮想環境
  • クリティック(評価システム):実際に行った自動運転の内容を的確に評価する仕組み

VLM(視覚言語モデル)の高度な推論能力を活用したアーキテクチャとして説明されており、ティルマライ氏は「これは未来の技術構想ではなく、既に配車サービスの中で実用化され、有効性も実証されている」と強調した。

Waymoの技術系譜を振り返ると、2013年の深層畳み込みネットワーク適用に始まり、2017年にトランスフォーマーモデル、2020年にSOTA(State-of-the-Art)のディープラーニング、2023年にVLM/LLMと、その時代の最先端を継続的に取り込んできた。Foundation Modelはその延長線上に位置づけられている。


ここからは筆者の見方だが——これは「技術論」ではなく「戦略的ポジショニング」だ

Waymoがこのタイミングでアーキテクチャ批判を公言したことには、複数の読み方がある。

一つは、E2E方式を積極的に推進する他社への間接的な対抗だ。名指しはしていないが、業界地図を見れば文脈はほぼ自明だ。WaymoのモジュールML vs. E2E系他社の構図は以前から存在しているが、今回は「なぜE2Eを採らないか」を公式に言語化した点が違う。

もう一つの読み方は、規制対応戦略としての発言だ。「説明可能性(Explainability)」は、自動運転の安全審査において多くの規制当局が重視し始めている概念だ。「なぜその判断をしたか」を事後に説明できないシステムは、規制の入口で止まる可能性がある。Waymoが完全無人タクシーを商用運行できている背景には、技術力に加えて「説明できる安全性」の積み上げがある、という見方は以前から根強い。

つまりWaymoにとって、E2Eのブラックボックス問題は「開発が面倒」という話ではなく、「規制審査に耐えられない」という実存的なリスクだ。安全第一と3億km超の実績をブランドにしている企業が、そのブランドの根拠を消すようなアーキテクチャを採用しないのは、ある意味で至って合理的な経営判断でもある。


日本市場への含意——「交通空白」という文脈

会見でもう一点、印象的な発言があった。ティルマライ氏は日本市場に言及し、「日本の道路は世界でも特に安全性が高いが、それでも年間30万人以上が負傷している。ドライバー不足によって地域の移動手段がなくなる"交通空白"も課題になっている」と述べた。

日本でのビジネス展開を念頭に置いた発言と受け取るべきだろうが、示している構造は重要だ。安全性とドライバー不足という二重の課題を持つ日本市場は、自動運転技術の「必要性」という点では世界有数の説得力がある。一方で、規制の複雑さと社会受容性という点では、他の市場と比較して課題も大きい。Waymoが「説明できる安全性」を武器にする設計を選んでいることは、日本市場への参入を検討するとき、規制当局との対話のしやすさという面でも意味を持つ。


次に自動運転ニュースを読むときの判断軸

E2E vs. モジュール型の議論は、これからも繰り返し出てくる。そのとき確認すべき軸はシンプルに3つだ。

①「説明できるか」を問う:その自動運転システムは、なぜその判断をしたかを事後に言語化できるか。できない設計は、性能が高くても規制審査で詰まる可能性がある。

②「実用か実験か」を区別する:発表された技術が、商用の無人走行で実際に使われているのか、それとも研究レベルの話なのかを確認する。Waymoが今回「既に実用化されている」と明示したのは、その文脈で読むと意味が大きい。

③「誰が主語か」を見る:自動運転AIの話には、車両メーカー・ソフトウェア企業・プラットフォーマーが混在している。アーキテクチャ選択の理由は、それぞれの立場によって異なる。Waymoの選択は「商用無人タクシー運行を続ける企業」としての選択であり、データ収集が主目的の企業や、APIを売るプラットフォーマーとは前提が違う。


自動運転AIの議論はしばらくの間、「どのアーキテクチャが性能面で優れているか」より「どのアーキテクチャが社会に受け入れられるか」という問いに軸を移していく可能性が高い。安全性・説明可能性・規制対応——この三つの要件を同時に満たすシステムを誰が先に大規模展開できるかが、次の競争の焦点になる。

Waymoの今回の発言は、その競争における自社の立ち位置を明確にした、という点で注目に値する。


参考元: Waymoが自動運転AI戦略を解説、「単一AIモデルのE2E方式には2つの問題がある」(MONOist)