「AIで効率化しました」の先に何があるか——サプライチェーン競争で問われる本当の戦略
「AIを導入して、業務が効率化されました」。
この言葉、最近あちこちで聞くようになった。それ自体は悪くない。でも、ここで満足してしまうと、サプライチェーン競争においては致命的にまずい——というのが、今回紹介する話の核心だ。
2026年6月にアイティメディアのMONOistが開催したライブ配信セミナー「MONOist AI Forum 2026 本格実装フェーズに入った製造業AI、現場課題解決の最前線」に、ローランド・ベルガー パートナーの小野塚征志氏が登壇した。テーマは「AIによるサプライチェーンマネジメントの進化」。先進事例を交えながら、AI時代のSCMの在り方と、新たなプラットフォームビジネスの可能性を解説した講演だ。
「部門最適」をやめて「全体最適」へ——SCMの本質を再確認する
まず前提を整理しておく。サプライチェーンとは、調達・生産・保管・輸送・販売に至る一連の供給連鎖のことだ。それを統括するSCM(サプライチェーンマネジメント)の本質は、部門ごとの「部門最適」ではなく、組織の垣根を越えた「全体最適」にある。
ポイントは、特定のプロセスを単体で見るとマイナスに映る施策でも、全体を俯瞰したときのトータル収益を最大化するなら「正解」になりうる、という点だ。在庫を意図的に積む、特定の輸送ルートをあえてコスト高で使う——こうした判断は、部門ごとのKPIで評価すると「悪手」に見える。でもSCM全体で見ると、むしろ最適解だったりする。
そしてSCMが対象とするのは自社内だけではない。直接取引のある1次サプライヤーにとどまらず、2次・3次以降の「N次サプライヤー」まで視野に入れたリスクマネジメントが求められる。N次サプライヤーの1社が機能停止しただけで、サプライチェーン全体が途絶するリスクがある。コロナ禍や地政学的リスクが現実化した近年、この「N次サプライヤーの可視化」がどれほど難しく、かつ重要かは、製造業の現場では痛感されているはずだ。
AIが「本当に得意なこと」と「苦手なこと」
ここで、AIの特性を冷静に押さえておく必要がある。
小野塚氏はこう説明した。「社内の部門の垣根、ひいては取引先や物流会社の最適解も踏まえて、どうするのが一番効率的でサステナブルなのかを考えさせることが、AIが最も得意とする領域だ」。
言い換えれば、AIは「多重構造のサプライチェーンを一気通貫でシミュレーションし、全体最適を導き出す」ことに長けている。膨大なデータを高速かつ高精度に処理し、最適解を見いだす能力——これがAIの強みだ。
一方で、AIには苦手な領域がある。「自ら問いを立てる」こと、「人間の感性を理解する」ことだ。AIはあくまで「与えられた問いへの答え」を高速に導き出すエンジンであって、「何を問うべきか」を設計するのは人間の仕事だ。この点は後で触れる。
SCMにおいては、複数の部門・企業・物流網にまたがる変数を同時に考慮した「多重シミュレーション」が、AI活用の"本丸中の本丸"だと小野塚氏は位置付ける。「業務効率化」でAIを使うのは、言うなれば入口にすぎない。そこで満足してしまうのは、最大の武器をもらって「これで筋トレができます」と言っているようなものだ。
「ツールを入れただけ」という罠——競合も同じツールを使う
ここが今回の話の核心だ。
小野塚氏は、単なるツール導入で満足することに対して明確に警鐘を鳴らしている。「優れた仕組みであれば競合も使う。ただ使っただけでは差別化が難しい」という指摘は、表面上はシンプルに聞こえるが、実務的には相当に重い。
AIツールのコモディティ化は、すでに始まっている。サプライチェーン最適化のSaaSも、需要予測ツールも、調達リスク管理ソリューションも、市場には選択肢が溢れている。先進的だったはずの「AI導入」が、やがて「ERP導入」と同じような「やって当然のこと」になっていく。
では、差別化はどこで生まれるのか。
小野塚氏が示す答えは「データの蓄積」と「ビジネスモデルの強化」だ。AIを活用した上で、先行者として自社に固有のデータを積み上げ、その結果を基に競争力のある形に自社のビジネスモデルをどう強化するか——という「一段上の戦略」を検討することが重要になる、というわけだ。
ここからは自分なりの見方だが、このロジックには「データの非対称性」という考え方が潜んでいると思う。ツールは誰でも買える。でも、自社固有のオペレーションから生まれるデータは、簡単には複製できない。そのデータを蓄積し、AIに学習・活用させることで、他社が追いつきにくい「構造的な優位」が生まれる。これは、プラットフォームビジネスの競争原理と本質的に同じだ。
実務への問い:経営者・担当者は今何を確認すべきか
この話を受けて、実務担当者が今すぐ自問すべきことをいくつか整理する。
AIの使い方が「効率化」で止まっていないか。
帳票処理の自動化、メール返信の補助、会議の議事録生成——これらは確かに効率化だ。でも、それは競合も来年には同じことをやっている。「で、それによって何のデータが蓄積されたか」という問いが、次のステップだ。
N次サプライヤーは可視化されているか。
1次サプライヤーのリスト管理だけで終わっていないか。2次・3次以降まで可視化しようとしたとき、自社にそのデータ基盤があるか。AIによる多重シミュレーションは、インプットデータの質と網羅性があって初めて機能する。
「問いを設計する人」がいるか。
AIが苦手とするのは「自ら問いを立てること」だと先に触れた。逆に言えば、シミュレーションに何を問うかを設計できる人材が、組織の中核になる。ツールを操作するオペレーターではなく、「何を最適化すべきか」を定義できる人間だ。AIが強力になればなるほど、この問いの設計能力の差が、アウトプットの差に直結する。
次の論点:データガバナンスとシミュレーションの「問い」の設計
この話を一歩進めると、次の論点が見えてくる。
ひとつはデータガバナンスだ。N次サプライヤーまで含めたサプライチェーンのデータを蓄積・活用しようとすると、「誰がそのデータを持つか」「どこまで共有するか」という問題が必ず浮上する。競合であり、かつサプライヤーでもある企業と、どこまでデータを連携するか——ここには商慣行や法的な問題も絡んでくる。
もうひとつは**「問いを設計する人材」の育成・確保**だ。AIが多重シミュレーションを高速に回せるようになるほど、「何をシミュレーションするか」の設計が競争力の源泉になる。このスキルは、既存のサプライチェーン実務経験とAIリテラシーの両方を必要とする、かなりレアな領域だ。現場がAIを「使いこなす」フェーズから「問いを設計する」フェーズへ移行するには、組織的な学習投資が必要になる。
まとめ:AIは使うものではなく、育てるもの
「AIで効率化」は、今後ますます当たり前のベースラインになっていく。それ自体を否定するつもりはない。でも、そこで止まると、競合との差は縮まるどころか広がりかねない。
重要なのは、AIを使いながら自社固有のデータを蓄積し、そのデータをもとにビジネスモデルを進化させ続けるサイクルを作ることだ。小野塚氏の言葉を借りれば、「一段上の戦略」——それは、ツール導入の先にある、本当の意味でのAI活用だ。
AIはあくまでエンジンだ。そのエンジンに何を走らせるか、どこへ向かうかを決めるのは、やはり人間の仕事である。
参考元: 「AIによる業務効率化」だけで満足する企業が、サプライチェーン競争で負ける理由:MONOist AI Forum 2026