富士ソフトのスマート工場戦略を読み解く——「工場を止めずに進化させる」は本当に機能するのか

富士ソフトが2026年9月29日、東京都千代田区で開催した説明会で、グループの新経営体制「富士ソフト Gen.2」に基づくスマート工場事業戦略を発表した。骨子は、分断されたデータをデジタルスレッドでつなぎ、フィジカルAIで現場を動かすというアプローチで、同事業における10%以上の成長を目指すというものだ。

派手な数字や横文字が並ぶ発表に見えるが、この戦略の核心は意外と地味な問題認識から始まっている。そこから読み解いていく。


日本の製造業が直面する「4つの同時進行」

富士ソフト代表取締役社長 執行役員 兼 CEOの室岡光浩氏は、現在の日本の製造業の状況をこう語った。「就業者の減少に伴う人手不足、ベテランの知識や経験をデータとして残す技能継承の難しさ、生産設備の老朽化、サプライチェーンの複雑化という4つの構造変化が同時に進行している」。

そして続く数字が刺さる。「全ての工程間でデータ連携ができている企業は5%未満にとどまっており、工場単体での改善活動だけでは企業全体の競争力向上や経営課題の解決に対応しきれない状況にある」(室岡氏)。

5%未満、というのは相当厳しい数字だ。多くの企業で、設計、生産管理、製造現場、品質保証、保全といった部門がシステムも情報もバラバラに動いていることを示している。ERPが入っていても、現場のPLCやSCADAとはつながっていない。品質データは属人的な台帳に残り、保全履歴はベテランの頭の中にしかない——そういう工場が日本にはまだほとんどだということだ。

この問題認識は正確だと思う。そしてこれこそが、スマート工場の議論が何年も続いてきたにもかかわらず、現場がなかなか変わらない構造的な理由でもある。


Gen.2の基本設計:3段階のAIと「工場を止めない」原則

富士ソフトは2026年度からの新体制「Gen.2」において、AI×IT×OT(制御技術)の融合によって「止められない社会/産業システムをエンドツーエンドで担うSIer」として位置づけている。スマート工場戦略はその成長領域の一つとして具体的なオファリングと実装像を示す取り組みだ。

技術的なアプローチとして同社が掲げるのが「デジタルスレッド」による情報統合だ。設計情報、製造データ、品質、保全履歴などを、部門やシステムを超えて連結させるデータ基盤を構築し、その上でAIを機能させる。AIの役割を「つなぐAI」「生かすAI」「動かすAI」の3段階に定義しているのは、単なるマーケティング用語の整理ではなく、実装の順序を示すロードマップとして読んだほうが実態に近い。

グループ連携も戦略の柱だ。富士ソフト自身が長年培ってきた組み込み・制御領域の開発実績に加え、グループ会社のサイバネットシステムが持つ4500社以上の取引実績と、設計・シミュレーション分野の技術力を組み合わせる。バリューチェーン全体の最適化を、単独ではなくグループで担うという構図だ。

そして今回の戦略で特に目を引いたのが「ブラウンフィールド」という言葉だ。室岡氏はこう言っている。「製造業の業務は部門ごとに分断されており、ただAIを導入するだけでは機能しない。工場のブラウンフィールドとなっている領域の既存設備を生かし、『工場を止めずに進化させる』ことがわれわれの基本思想だ」。

ブラウンフィールドとは、すでに稼働中の既存設備や環境のことを指す。グリーンフィールド(更地から新規構築)と対置される概念だ。製造業の現場は大半がブラウンフィールドであり、「新しい工場を丸ごと建て直す」という選択肢は現実には少ない。この前提を明示した上で戦略を語っている点は、現場感覚として正直だと思う。


ここからは見方の話——SIerがAIを語るとき、何が本当の勝負か

構造として整理すると、今回の発表はSIerがスマート工場市場でどう差別化を図るかという競争戦略の話でもある。

大手SIerが「AI活用」「DX支援」を打ち出す事例は増えている。ただ、その多くは製品・ソリューションの組み合わせを「オファリング」として売ることが主眼で、工場の現場と深く関わり続けるケーパビリティを持つかどうかは別の話だ。

富士ソフトが今回アピールしているのは、組み込み・制御領域での実績とサイバネットシステムの設計・シミュレーション力の組み合わせだ。つまり、IT層だけでなくOT層(制御技術)まで自分たちで見られるという主張だ。これはSIer間の差別化として、少なくとも方向性は正しい。

ただし、留保を置く必要がある。デジタルスレッドの構築は「データをつなげる」と言葉にするのは簡単だが、実際には各工程のシステムが異なるベンダーのものであり、データフォーマットも通信プロトコルも統一されていないことがほとんどだ。これを整理・標準化し、意味のある形でつなぐのは、PoC段階と量産導入段階では難易度が桁違いになる。

「10%以上の成長」という数字も、今後の事業規模や達成の根拠が開示されていないため、現時点では目標値として受け取るしかない。この数字を信頼性のある指標として評価できるのは、1〜2年後に具体的な導入事例と成果が語られてからだ。


製造業の経営者・現場担当者が今考えるべきこと

このニュースを実務的に受け取るとすれば、問うべき問いは三つある。

ひとつ目は「自社の工程間データ連携の現状把握」だ。 室岡氏が指摘した「5%未満」という数字は業界全体の話だが、自社がその5%に入っているかどうかを確認できている製造業の経営者がどれほどいるだろうか。スマート工場の議論を始める前に、「どの工程間でデータが分断されているか」の地図を作ることが先決だ。それがなければ、どのソリューションを入れても部分最適に終わる。

ふたつ目は「既存設備との統合コストの見積もり」だ。 ブラウンフィールドへの対応を謳う富士ソフトのアプローチは理にかなっているが、既存設備からデータを引き出すためのセンサー追加や通信モジュールの実装、古いシステムとの連携には相応のコストと時間がかかる。「工場を止めずに進化させる」という言葉の裏には、現場への小刻みな改修作業が積み重なっていることを忘れてはならない。

三つ目は「データ品質の問題」だ。 デジタルスレッドは、つながれたデータの品質が低ければただのノイズ集積インフラになる。設備から取れるデータが本当に意味のある形で取れているか、欠損や誤記が多くないか、誰がデータの定義と管理を担うのか——これが整わないと、AIが学習するデータが腐る。技能継承の文脈で出てくる「ベテランの知識・経験をデータとして残す」という話も、実際には構造化が非常に難しい。暗黙知をどう形式知に変えるかは、AIの問題である前に人の問題だ。


次に問題になるのは「人」と「データガバナンス」

フィジカルAIとデジタルスレッドを活用するスマート工場の構想は、技術的な方向性として間違っていない。ただ、この種のプロジェクトが現場で行き詰まるのは、たいてい技術の限界ではなく、組織と人の問題だ。

誰がデータの定義を決めるのか。どの部門がデータ品質に責任を持つのか。AIの判断を現場の作業者がどこまで信頼して従うのか。AIが誤った指示を出した場合の責任はどこにあるのか——これらはすべて、技術が成熟した後に残る問題だ。

AI×IT×OTの融合という言葉が整然として聞こえるのと裏腹に、現場の実態はIT部門とOT部門の文化的な壁、製造部門と品質部門のデータ解釈の違い、外部SIerと内製チームの役割分担の摩擦、といった人間関係の泥臭い問題で満ちている。

同種のニュースを今後見るときのひとつの判断軸を置いておく。「デジタルスレッド」「フィジカルAI」「AI×OT融合」といったキーワードが並ぶ発表に出会ったとき、確認すべきは技術構成よりも「どの工場で」「どの工程の」「誰のデータを」「誰が管理するか」が具体的に語られているかどうかだ。そこが曖昧なまま概念だけが語られるなら、まだ戦略の「絵」の段階だ。逆に、工程とデータと責任者が明示されているなら、実装の話が始まっている。

富士ソフトの今回の発表は、方向性の宣言としては整合性があり、ブラウンフィールド対応という現場感覚も評価できる。ただし具体的な導入事例と成果が語られるのはこれからだ。10%成長という数字と「つなぐAI・生かすAI・動かすAI」という3段階の実装が、どの顧客のどの現場で動き始めるかを追うのが、この戦略を評価する次の視点になる。


参考元: 「デジタルスレッドとAIで動かす」 富士ソフトがスマート工場で10%成長狙う(MONOist)