「ねこ」で「一輪車」を出す技術を、なぜモノタロウはAIに守らせたのか

建設業の顧客が「ねこ」と検索したとき、モノタロウは「手押し一輪車」を返す。現場では一輪車を「ネコ」(猫車)と呼ぶからだ。こういう業界用語への対応は、長年の購買データと行動データを積み上げてきた会社にしかできない。

モノタロウが2026年6月のAWS Summit Japan 2026で語ったのは、その強みをいかにして生成AIの波から守るか、という話だった。


「ねこ」検索で「一輪車」を出す――それが強みだった

モノタロウは約2800万点の商品を扱う法人向けECサービスだ。「手袋」と検索すると1万数千件がヒットするが、医療系の顧客にはニトリルゴム手袋を、製造業の顧客には切創防止手袋を上位に表示する。顧客の業種と検索キーワードから、必要な商品を確率的に予測する仕組みが根幹にある。

2024年にはベクトル検索も導入した。「工場の床に白い線を引く」という用途そのものを入力しても商品が出てくる。これにより検索結果が0件になるケースを約70%削減したという。単語の一致ではなく「意味の近さ」で商品をつなぐ発想だ。

こうした検索精度の積み上げが、モノタロウの競争優位性だった。「欲しい商品が見つかりやすい」というUXの強みは、裏側のデータ資産によって成立している。


なぜ今、生成AIが脅威になるのか

問題は、その「見つかりやすい」という強みが、AI検索の登場によって迂回されつつある点だ。

従来の流れはシンプルだった。顧客が検索エンジンや直接アクセスでモノタロウに入り、自分で商品を探して購入する。モノタロウはその過程で「誰が・何を・どう探したか」のデータを得る。それが次の精度向上に回る、という好循環だ。

ところが生成AIサービスで商品を比較・絞り込みするようになると、顧客はAIの回答の中でほぼ意思決定を終えてしまう。最終的にECサイトへのリンクを踏んで購入するとしても、「どう探したか」のプロセスがEC事業者の手元に残らない。

同社CTO・普川泰如氏の言葉を借りれば「データを活用してサービスを良くしたいわれわれにとって、データが取れなくなるのは大きなリスク」だ。これは単純な売上の問題ではなく、強みの源泉を失うという構造的な問題だ。


購買AIエージェントで解決しようとした3つの価値

対抗策として同社が約4ヶ月で内製・リリースしたのが「購買AIエージェント」だ。このエージェントが提供する価値は3つに整理されている。

  1. 検索ストレスの解消 ― 商品名が分からなくても、最短距離で目的の商品にたどり着ける
  2. 再購入の効率化 ― 膨大な購入履歴から、繰り返し買う商品を素早く特定する
  3. 選定根拠の言語化 ― なぜその商品なのか、推奨理由をAIが説明する

3つ目が特に興味深い。BtoBの現場では、作業者が自分でECサイトを検索するわけではなく、事務担当者に「これが欲しい」と伝えて購入を依頼するケースが多い。型番が明確なら問題ないが、代替品を探す場合は「なぜこの商品でよいのか」の説明が必要になる。その根拠をAIが言語化することで、購買プロセスの合理化を後押しするという発想だ。

BtoBの購買では、選ぶ人と使う人と承認する人が分かれていることが多い。そこに「説明できるAI」を挟む、というのはかなり実務に刺さる設計だと思う。


ここからは見方の話――この動きが示す構造

モノタロウの動きを「EC企業がAIに対応した」という話で片付けるのはもったいない。もう少し大きな構造の話として読んだほうがいい。

今起きているのは、検索体験の「入り口」をめぐる主導権争いだ。GoogleやPerplexity、ChatGPTといった外部AI検索が「最初の質問を受け取る場所」になれば、EC事業者は集客の主導権を外部に預けることになる。しかもSEOと違って、AIが何を参照して何を推薦するかのロジックは外側から制御しにくい。

モノタロウが選んだのは「自社の中にエージェントを作り、入り口ごと自社に留める」という戦略だ。外部AIに頼らず、自社データを起点にしたエージェントを内製することで、検索体験のデータを自社に戻す。4ヶ月という開発スピードも、危機感の裏返しだろう。

もっとも、これが成立するのはモノタロウに「顧客が乗り換えにくい理由」があるからでもある。購入履歴・業種情報・業界用語対応といった蓄積は、新しいサービスには簡単に再現できない。自社エージェントが「外部AIより自分の過去を知っている」という状態を作れるなら、顧客が使い続ける理由になりえる。


実務への示唆――EC・プロダクト担当者が考えるべきこと

自社サービスを持つEC事業者やプロダクト担当者が、このニュースから引き出せる問いはいくつかある。

「入り口」のデータを今でも自分で持てているか?

SEOで集客していた企業がAI検索の台頭でトラフィックを失いつつある、という話は既に各所で出ている。検索体験が外部に移る前に、自社でファーストコンタクトを受け取る仕組みを持てているかどうかは、今後の事業継続に直結する問いになりつつある。

「なぜこの商品か」を説明できるか?

今後、AIエージェントが商品を推薦する場面では、推薦根拠の言語化が不可欠になる。「おすすめ」という結論だけでなく、「この業種・この用途にこの商品が合う理由」をデータから導けるか。それができないAIは、BtoBでは実務で使われない。

自社データの解像度を上げているか?

モノタロウのベクトル検索・業種別表示・業界用語対応は、いずれも「自社データの解像度を上げる」という方向性の積み上げだ。生成AIを外から持ってきて乗せるより、自社固有のデータをどう構造化するかのほうが長期的な競争力になる、という見方はこれからも通用すると思う。

一方で、「4ヶ月で内製」という事実は、モノタロウのエンジニアリング組織の厚みがあってこそだという点は留保しておきたい。全社がこのスピードで動けるわけではない。ベースとなるデータ資産と開発体制がなければ、同じ戦略は描けない。


まとめ:AIを使いながら、AIに依存しない設計

モノタロウの話の本質は「AIを使っているかどうか」ではなく、「AIを使いながら、どこを自社のコアに残すか」という設計思想にある。

外部AI検索を競合視して対抗する、というよりも、「自社の中にもっとうまく探せるAIを作る」という方向に転じた。そのうまさの根拠は、2800万点の商品データと長年の購買・行動データの蓄積にある。

「ねこ」と入力したら「一輪車」が出る。その一行の事実に、モノタロウのデータ戦略が詰まっている。そしてその一行を守るために、同社は4ヶ月でAIエージェントを作った。それが今回の話の核心だ。


参考元: 「ねこ」検索で「手押し一輪車」表示――モノタロウが守った、生成AIに"譲れない"購買体験(ITmedia ビジネスオンライン)