量子コンピューターはまだ真空管時代——藤井啓祐教授インタビューから読む「設計思想」という次の論点

量子コンピューターの話をすると、「100万量子ビットが必要らしい」「実用化はまだ遠い」という印象で止まることが多い。だがその数字は、実は10年で劇的に変わり続けている。そして今、量子コンピューター研究は「動くものを作る」から「どう設計するか」という次のフェーズに入りつつある。

京都大学・大阪大学教授であり、量子ソフトウェアベンチャーQunaSysの共同創業者でもある藤井啓祐氏のインタビュー(MITテクノロジーレビュー日本版、2026年7月)は、この分野の現在地を正確に教えてくれる。単なる研究紹介ではなく、AIの登場が教育と研究の構造をどう変えているかにまで踏み込んだ内容で、読みごたえがあった。


量子コンピューターは「とりあえず動いた」段階を超えた

藤井教授が今最も力を入れているのは、量子コンピューターのアーキテクチャ研究だという。アーキテクチャとは、コンピューターを構成する各要素をどう配置し、どう連携させれば全体として最適化されるかという「設計思想」のことだ。

古典コンピューターで言えば、CPUの隣にメモリーを置き、その近くにキャッシュを階層的に配置するといった構造がそれに当たる。近年のAIの急進化を支えたGPUも、通常のCPUとは異なり大量のコアで並列処理を行うという設計思想があってこそだ。AIによるメモリーアクセスのボトルネックに対応しようとする「インメモリー・コンピューティング」もそのひとつだ。

量子コンピューターは、これまでそうした設計思想が「ほとんどなかった」と藤井教授は言う。真空管でコンピューターを作り始めた頃のように「とりあえず動かせた」段階だったからだ。量子ビット数が増え、誤り訂正を施しながら複雑なアルゴリズムを走らせるという全体像が見えてきたことで、ようやく「どう設計するか」を議論できるフェーズになった。

超伝導量子ビットと冷却中性原子でも、設計の方向性は異なる。超伝導量子ビットは二次元平面上に並び、隣接する量子ビットとしかゲート操作ができない制約から、構造上「インメモリー・コンピューティング」的になる。冷却中性原子は原子を自由に動かせるため誤り訂正符号の選択肢が広がる一方、処理が遅くなる。どちらが優れているということではなく、それぞれのハードウェアに合った設計を探ることが今の最前線だ。


「100万量子ビット」は固定値ではない

実用化の話で必ず出てくる「100万量子ビット」という数字。これを絶対値として受け取るのは、少しもったいない。

藤井教授によれば、この目標値は継続的に下がってきた。2010年時点では10億量子ビットが必要だとされていた。それが2019年には2000万、2025年時点では100万まで減少している。誤り訂正符号の改善、アルゴリズムの進化、アーキテクチャ全体の最適化が積み重なった結果だ。さらに2030年頃には10万ビット程度まで下がる可能性があるという見立てを藤井教授は持っている。

ここからは自分の見方だが、この「指数的に下がり続ける目標値」というのは、ある意味で量子コンピューター研究のヘルシーさを示している。理論の成熟によって必要リソースが削減されているということは、工学的な問題解決が積み上がっているということだ。単純に「まだ100万ビット足りない」ではなく、「必要量がどのペースで下がっているか」という軸で進捗を読む方が、この分野の現実に近い。

ただし、楽観だけでは終わらない。藤井教授が強調するのは、量子ビット数だけを見ていると計算時間というコストを見落とすという点だ。量子ビット数が少なくても、計算に膨大な時間がかかれば実用にならない。加えて、量子ビットの品質だけでなく、制御の消費電力、配線、冷凍機の性能といった周辺課題が同時に解決されなければならない。

藤井教授のアナロジーが鋭い。「1つのトランジスターはできたけれど、まだLSI(大規模集積回路)はできていない状況」。量子コンピューターの実用化議論は、まさにこの段階にある。

実用化のタイムラインについては、GoogleやIBMが「早ければ5年、遅くとも10年」というロードマップを立てているのに対し、藤井教授の個人的な見立ては「少なくとも5年、現実的には10年近く」だ。優秀なエンジニアの参入でエンジニアリングが加速していることを踏まえれば、10年が5年に縮まる可能性はある。ただし企業の目標と研究者の現実感には、依然として差がある。


AIが研究と教育の構造を変えている——量子コンピューターとの意外な接点

藤井教授が「今一番の関心事」として挙げたのが、AIが大学教育に何をもたらすかという問いだ。量子コンピューターとの直接の関係は薄いと断りつつも、これを社会課題として最重視していた。

その比喩が力強い。蒸気機関やエンジンの登場は、人間の弱い労働力を桁違いの動力に置き換えた産業革命だった。AIはそれと同様に、「知能」という人間が地球上で圧倒的優位を持てた最後の根拠を、桁違いの計算力で代替しようとしている。藤井教授はこれを「産業革命をはるかに上回る変革」と捉えている。

研究と教育への実際的な影響はすでに出ている。かつては学生を半年から1年かけて育ててコードを書いてもらっていたのが、今はAIが数十分で書き上げてしまう。研究が加速するのは良い。しかし問題は、研究と教育がこれまで表裏一体だった構造が崩れるという点だ。

研究者にとって、優秀な学生を育てることは自分の研究を進めるうえで不可欠だった。だが今、AIと対話した方が速く賢い答えが返ってくる。最初にAIをうまく使いこなせた人とそうでない人の差は、その後も広がり続ける。「すくい上げる」インセンティブが誰にもなくなってしまった、という藤井教授の言葉は重い。解決策は「まだ見えていない」と正直に述べているが、問題設定そのものの鋭さは際立っている。

もうひとつ、計算資源の問題も見過ごせない。ムーアの法則ではコンピューターの計算能力は2年で倍になる。しかしAIが要求する計算能力は3カ月で倍のペースで伸びている。この需給ギャップは台数増加でしか補えず、消費電力が爆発的に増え続ける。藤井教授は「石油資源より先に計算資源が枯渇するのではないか」と本気で考えているという。


「設計思想」という言葉が示す産業フェーズの転換

ここからは自分なりの読み方だ。

今回のインタビューで最も重要なシグナルは、「アーキテクチャ研究」という言葉が前面に出てきたことだと思う。これは量子コンピューター産業が、ハードウェアの単体性能競争から、システム全体の統合設計競争へと移行しつつあることを示している。

GPUの例を思い出してほしい。AIの急進化は、プロセッサ単体の性能向上だけでは起きなかった。大量のコアで並列処理するという設計思想、メモリーアクセスを最適化するソフトウェアとハードウェアの協調設計があって初めて実現した。量子コンピューターも今、同様の「次のフェーズ」に差し掛かっている。

実務的な含意として、量子コンピューターの進捗を追う際に「量子ビット数」だけを指標にするのは、そろそろ不十分になってきた。量子ビット数に加えて、誤り訂正の効率、アーキテクチャ設計の成熟度、計算時間、周辺システム(制御系・冷凍機・配線)の統合度まで見ないと、実用化の実態は見えてこない。企業が発表する量子ビット数の増加は必要条件であって十分条件ではない、という視点は持っておく価値がある。

また、QunaSysのような量子ソフトウェアベンチャーが存在するという事実も、産業構造の変化を示している。ハードウェアを作る会社、ソフトウェアを作る会社、そしてアーキテクチャ全体を設計する研究者——この三者の連携がなければ、量子コンピューターの実用化は進まない。研究者が産業界と接点を持つことの意味が、今の段階では特に大きい。


今後の論点:量子ビット数より何を見るべきか

次に量子コンピューターのニュースを目にしたとき、いくつかの問いを持って読むといい。

まず、「量子ビット数の増加」か「周辺課題の解決」か。量子ビット数が増えても、制御系・冷凍機・配線の問題が解決されなければ、スケールアップは机上の話だ。発表の中にどちらが含まれているかで、ニュースの重さが変わる。

次に、計算時間への言及があるか。実用化の議論で量子ビット数しか語られない場合、計算時間というコスト変数が隠れている可能性が高い。実用的な優位性には、ビット数と速度の両方が必要だ。

最後に、アーキテクチャ設計の話が出ているか。ハードウェアが「とりあえず動く」から「どう最適に設計するか」への移行は、産業として成熟する最初のサインだ。この議論が出てきたら、単なる研究成果より一段階上のニュースとして読んでいい。

藤井教授が語るイノベーターの定義——「価値が世の中に認められる前に、その価値を生み出している人」——は、量子コンピューター研究の現在地を描写するとともに、この分野を追う私たちへの問いかけでもある。今はまだ「理解できない」ように見えるものの中に、10年後の常識が埋まっている。


参考元: 量子コンピューター、「設計思想」を問う段階へ——藤井啓祐教授に聞く(MITテクノロジーレビュー日本版)